← ぬつかわのホラー鍵箱朗読一覧

NEW / ORIGINAL HUMAN HORROR / 2026.10.17

いつもの方は、いらっしゃいますか。

一人暮らしの部屋に、
“いつもの人”がいた。

一人暮らしの部屋と配達された箱を描いた、ホラー朗読の表紙

一人暮らしの部屋に届いた、注文した覚えのない荷物。配達員の「いつもの方」という一言から、見慣れた部屋の意味が変わっていく。夜勤明けの生活に潜んでいた違和感を描く、オリジナルの人間ホラーです。

創作怪談・フィクション。本編は6分47秒です。自宅への侵入を扱う心理的な恐怖描写があります。

本編を、結末まで。

YouTubeで本編を見る ↗

再生ボタンを押すとYouTubeのプレーヤーを読み込みます。

まずは、51秒の紹介から。

「ここ、私しか住んでいませんよ」
では、配達員がいつも会っていたのは誰?

紹介ショートを見る ↗

ショートの「関連動画」からも、本編へ進めます。

全文を読む(結末を含みます)

宅配便の配達員は、私より先に、私の同居人を知っていました。

当時、私は工場で夜勤をしていました。
朝に帰って、シャワーを浴び、昼間に眠る。
夕方に起きて食事を取り、また仕事へ行く。
そんな生活を、一年ほど続けていました。

住んでいたのは、古いアパートの二階です。
玄関から短い廊下が続き、その奥に台所と、六畳の部屋がありました。
もちろん、一人暮らしでした。

小さな違和感は、前からありました。

仕事から帰ると、冷蔵庫の麦茶が少し減っている。
洗ったはずのコップが、流しに置いてある。
押し入れにしまった布団が、少しだけ手前に出ている。

どれも、自分が寝ぼけてやったのだと思っていました。
夜勤を始めてから、曜日の感覚も、ずいぶん曖昧になっていたからです。

その土曜日は、久しぶりの連休でした。
私は朝から起きていて、昼前に洗濯物を干し終えたところでした。

玄関のチャイムが鳴りました。

扉を開けると、宅配便の配達員が、小さな箱を抱えて立っていました。
中年の、感じのいい男性でした。

「お荷物です。お名前、こちらで合っていますか」

伝票には、確かに私の名前が書いてありました。
住所も、部屋番号も、間違っていません。
ただ、何かを注文した覚えはありませんでした。

箱を受け取ろうとしたとき、配達員が私の顔を見て、少し首をかしげました。

「あの、いつもの方は、いらっしゃいますか」

「いつもの方?」

「はい。いつも受け取ってくださる、細い男性です」

一瞬、部屋を間違えているのだと思いました。

「ここ、私しか住んでいませんよ」

配達員は伝票を見直して、それから、扉の横の部屋番号を確かめました。

「でも、先週も、ここにお届けしたんです。お昼の、このくらいの時間に」

先週の昼間なら、私は寝ていました。
誰かが来たことも、チャイムが鳴ったことも、知りません。

「灰色の服を着た方です。前がボタンになっていて、袖のところに、青い線が入った」

私は、配達員の顔を見たまま、動けなくなりました。

それは、私の寝巻きでした。

二枚持っているうちの一枚で、最近見当たらなくなっていたものです。
洗濯物に紛れたのだろうと、探すこともしていませんでした。

配達員は、困ったように笑って、続けました。

「いつも、静かにお願いしますって言われるんです。奥で、夜勤の人が寝ているからって」

廊下の奥で、何かが、こつんと鳴りました。

冷蔵庫が出す音ではありませんでした。
薄い板に、内側から何かが当たったような音でした。

私は振り向けませんでした。

配達員の目が、私の肩越しに、部屋の奥へ動きました。
その顔から、笑みが消えました。

そして、声がしました。

「それ、いつものところに置いといて」

眠そうな、男の声でした。

強い口調でも、ひそひそ声でもありません。
同じ家に住んでいる相手に、いつも通り頼みごとをするような声でした。

私が何も言えずにいると、配達員が、少し大きな声で言いました。

「すみません。お届け先に間違いがあるかもしれません。下で、一緒に確認していただけますか」

私は、何度もうなずきました。
靴のかかとを踏んだまま外へ出て、扉を閉めました。

階段を下りるまで、二人とも何も話しませんでした。

道路に出たところで、配達員が私に聞きました。

「本当に、お一人なんですね」

私はうなずきました。
配達員は、その場で警察に電話をかけました。

男は、押し入れにいました。

下の段に積んであった冬物の布団を手前に寄せ、その裏に、体を丸めて隠れていたそうです。
私の寝巻きを着て、裸足のままで。

布団の裏からは、空のペットボトルや、菓子の袋が出てきました。
私のものではない歯ブラシと、小さな鏡もありました。

そして、一冊のノートが見つかりました。

私は後日、警察の人に、その一部を見せられました。
日付の横に、短い文章が、一行ずつ書かれていました。

「きょうは、九時に寝た」

「せきが多い。風邪かもしれない」

「寝ながら笑っていた」

二か月近く、続いていました。

最後のページには、土曜日の日付が書かれていました。
その下に、ほかの日よりも大きな字で、こうありました。

「休み。きょうは、話せるかもしれない」

あの箱の中には、カップ麺と、おそろいのマグカップが二つ、入っていたそうです。

男が連れていかれるとき、一度だけ、私のほうを振り向きました。

怒っても、怯えてもいませんでした。
少し困ったような顔をして、私に、こう聞いたんです。

「そんなに、うるさかった?」