ぬつかわのホラー鍵箱ほかの朗読へ

THE TOWN THAT NEVER LETS YOU REST

この町では、
死んでも休めない。

父は七年前に死んだ。なのに、今夜も働いている。

午前二時の町で、青い作業着の父が道を掃いている
一話完結のホラー朗読 / 7分49秒

父を、休ませてください。

父は七年前に死んだ。けれど、午前二時になると、駅前の通りを掃いている。亡くなった人の働きに支えられた町で、父を一度だけ休ませようとする、一話完結のホラー朗読。

本編・紹介ショート:2026年10月22日23時(日本時間)公開予定。公開前は動画をご覧いただけません。本文は下から読めます。

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全文を読む(結末まで収録)

父は七年前に死んだ。けれど、午前二時になると、駅前の通りを掃いていた。

青い作業着。右肩だけ下がった歩き方。箒を引くたび、乾いた音が、同じ間隔で続いた。

帰省した夜、私はその後ろ姿に追いついた。「お父さん」と呼ぶと、箒が止まった。

父は私の顔を見た。驚きもせず、怒りもせず、「お前は、もう寝なさい」と言った。

死んだ父がいることより、その声が、ひどく疲れていることのほうが怖かった。

母に話すと、湯飲みを持った手が止まった。知っていたの、と聞いても、母は答えなかった。

この町は住みやすい。夜間診療所があり、道路は毎朝きれいで、町内バスは無料だった。

母は窓の外を見ずに言った。「あの人が、家族の役に立ちたいって言ったから」

翌晩、役場の裏口へ行った。表の玄関は閉まっていたが、地下の労務窓口だけ、明かりがついていた。

壁一面の出勤札には、人の名前と命日が並んでいた。父の札には、今夜の日付が押されていた。

窓口の女性は、私が何を尋ねるか知っていた。「お父様の、勤務についてですね」

死んだ人の、家族を助けたい気持ち。それだけを、この町では仕事に使っているのだという。

「痛みは感じません。食事も必要ありません。勤務中の事故で、亡くなる心配もありません」

女性は淀みなく説明した。休む必要まで、なくなったとは言わなかった。

彼女に案内され、夜間の作業場へ入った。水路の中で、青い服の人たちが、泥をかき出していた。

父は濡れた手袋を絞っていた。皮膚は普通だった。けれど、指は箒を握る形のまま、開かなかった。

「疲れてないの」と聞いた。父は、少し考えてから言った。「眠り方を、忘れた」

父は、死ぬ前に休暇を申請していた。私と釣りに行くための、土曜日だった。

「あの休みだけでいい。もう、釣りに行かなくてもいいから」。父は川のない暗がりを見ていた。

窓口へ戻り、父を退職させたいと伝えた。女性は、初めて私から目をそらした。

「ご遺族の、生活維持費を止めることになります」。渡された帳簿に、母の口座番号があった。

父が死んでからも、毎月振り込まれていた金。母はそれを、補助金だと言っていた。

家へ戻ると、母は通帳を机に置いた。「病院も、お墓も、あんたの学費も、これで払えたの」

私は働いて返す、と言った。母は怒らなかった。ただ、布団に入る支度を始めた。

「あんたまで、夜に働くことはないでしょう」。その言葉のあと、外で箒の音がした。

私たちが暖かい布団で眠るために、父は七年間、一度も座っていなかった。

翌日、母は通帳を閉じた。窓口へ一緒に来て、震える手で、支給の停止願に名前を書いた。

「もう、いいです。家族のためには、働かせないでください」。母は紙から手を離さなかった。

女性は父の札を裏返した。白い欄に、退勤、という二文字があった。そこだけ、印刷が新しかった。

午前五時、父が停留所に来た。手に箒はなかった。濡れた手袋も、していなかった。

父はベンチを見つめた。座っていいのか確かめるように、指先で板に触れた。

腰を下ろすと、肩がゆっくり落ちた。「明日は、起こさなくていいんだな」

私がうなずくと、父は目を閉じた。七年前の葬式でも見られなかった、穏やかな顔だった。

母は父の隣へ座らなかった。眠りを邪魔しないよう、少し離れて立っていた。

その日の昼、町内放送が鳴った。夜間清掃の欠員により、町民負担が増えるという知らせだった。

夕方には、うちの玄関へ人が集まった。隣のおじさんも、私の小学校の先生もいた。

「一人だけ抜けたら、ほかの人が困るでしょう」。先生は、父が死んだことを知っていた。

「生きてる人の生活が、先じゃないの」。母が払おうとしたのは金だった。町が求めたのは、父だった。

役場では、住民たちが紙を回していた。夜間サービスの継続を求める、連名の要望書だった。

窓口の女性が、伏せていた父の札を戻した。「ご家族への支援は、終了しました」

「ただ、町への貢献を願う声が、これだけあります」。紙の上は、父を知る人の名前で埋まっていた。

その晩、箒の音が戻った。父はベンチの横を通り過ぎた。座り方も、忘れようとしていた。

私は箒をつかんだ。父は手を離さなかった。「みんなが、困るから」。そう言って、私に頭を下げた。

父を働かせていたのは、役場だけではなかった。父が掃いた道で、休んでいる私たちだった。

翌朝、午前五時に、町中の明かりが消えた。いつもの出勤を知らせる鐘は、鳴らなかった。

玄関の外で、靴の底が鳴った。のぞき窓の向こうに、父が立っていた。箒は、持っていなかった。

隣の家にも、向かいの家にも、青い服の人がいた。みんな、閉じた玄関の前で、静かに待っていた。

父は、いつもの疲れた声で言った。「今日だけでいい。代わりに、町を動かしてくれないか」

誰も窓を開けなかった。いつもなら起きているパン屋にも、灯がつかなかった。

父の背後で、窓口の女性が母親の手を引いていた。彼女も、役場へは向かっていなかった。

町内放送から、紙をめくる音がした。長い沈黙のあと、初めて聞く知らせが流れた。

「本日、亡くなられた町民の皆様は、全員、休暇を取ります」

私は玄関の鍵に手をかけた。町を動かす音が、一つも聞こえなかった。

この町で暮らして三十年。私は初めて、朝が来るのを、怖いと思った。

音声と制作について

原作・脚本・映像:ぬつかわ
朗読:作者の学習済み合成音声(原音)、補完:VOICEVOX:玄野武宏(ノーマル)
場面絵・サムネイル:本作品のために画像生成AIで制作
BGM・環境音・効果音:本作品用のオリジナル素材

学習音声の速度・音程・音色を保ち、語尾が欠けた文は再生成し、使えない箇所はVOICEVOXで補完しています。物語・人物・施設・制度・出来事はフィクションです。