父は七年前に死んだ。けれど、午前二時になると、駅前の通りを掃いていた。
青い作業着。右肩だけ下がった歩き方。箒を引くたび、乾いた音が、同じ間隔で続いた。
帰省した夜、私はその後ろ姿に追いついた。「お父さん」と呼ぶと、箒が止まった。
父は私の顔を見た。驚きもせず、怒りもせず、「お前は、もう寝なさい」と言った。
死んだ父がいることより、その声が、ひどく疲れていることのほうが怖かった。
母に話すと、湯飲みを持った手が止まった。知っていたの、と聞いても、母は答えなかった。
この町は住みやすい。夜間診療所があり、道路は毎朝きれいで、町内バスは無料だった。
母は窓の外を見ずに言った。「あの人が、家族の役に立ちたいって言ったから」
翌晩、役場の裏口へ行った。表の玄関は閉まっていたが、地下の労務窓口だけ、明かりがついていた。
壁一面の出勤札には、人の名前と命日が並んでいた。父の札には、今夜の日付が押されていた。
窓口の女性は、私が何を尋ねるか知っていた。「お父様の、勤務についてですね」
死んだ人の、家族を助けたい気持ち。それだけを、この町では仕事に使っているのだという。
「痛みは感じません。食事も必要ありません。勤務中の事故で、亡くなる心配もありません」
女性は淀みなく説明した。休む必要まで、なくなったとは言わなかった。
彼女に案内され、夜間の作業場へ入った。水路の中で、青い服の人たちが、泥をかき出していた。
父は濡れた手袋を絞っていた。皮膚は普通だった。けれど、指は箒を握る形のまま、開かなかった。
「疲れてないの」と聞いた。父は、少し考えてから言った。「眠り方を、忘れた」
父は、死ぬ前に休暇を申請していた。私と釣りに行くための、土曜日だった。
「あの休みだけでいい。もう、釣りに行かなくてもいいから」。父は川のない暗がりを見ていた。
窓口へ戻り、父を退職させたいと伝えた。女性は、初めて私から目をそらした。
「ご遺族の、生活維持費を止めることになります」。渡された帳簿に、母の口座番号があった。
父が死んでからも、毎月振り込まれていた金。母はそれを、補助金だと言っていた。
家へ戻ると、母は通帳を机に置いた。「病院も、お墓も、あんたの学費も、これで払えたの」
私は働いて返す、と言った。母は怒らなかった。ただ、布団に入る支度を始めた。
「あんたまで、夜に働くことはないでしょう」。その言葉のあと、外で箒の音がした。
私たちが暖かい布団で眠るために、父は七年間、一度も座っていなかった。
翌日、母は通帳を閉じた。窓口へ一緒に来て、震える手で、支給の停止願に名前を書いた。
「もう、いいです。家族のためには、働かせないでください」。母は紙から手を離さなかった。
女性は父の札を裏返した。白い欄に、退勤、という二文字があった。そこだけ、印刷が新しかった。
午前五時、父が停留所に来た。手に箒はなかった。濡れた手袋も、していなかった。
父はベンチを見つめた。座っていいのか確かめるように、指先で板に触れた。
腰を下ろすと、肩がゆっくり落ちた。「明日は、起こさなくていいんだな」
私がうなずくと、父は目を閉じた。七年前の葬式でも見られなかった、穏やかな顔だった。
母は父の隣へ座らなかった。眠りを邪魔しないよう、少し離れて立っていた。
その日の昼、町内放送が鳴った。夜間清掃の欠員により、町民負担が増えるという知らせだった。
夕方には、うちの玄関へ人が集まった。隣のおじさんも、私の小学校の先生もいた。
「一人だけ抜けたら、ほかの人が困るでしょう」。先生は、父が死んだことを知っていた。
「生きてる人の生活が、先じゃないの」。母が払おうとしたのは金だった。町が求めたのは、父だった。
役場では、住民たちが紙を回していた。夜間サービスの継続を求める、連名の要望書だった。
窓口の女性が、伏せていた父の札を戻した。「ご家族への支援は、終了しました」
「ただ、町への貢献を願う声が、これだけあります」。紙の上は、父を知る人の名前で埋まっていた。
その晩、箒の音が戻った。父はベンチの横を通り過ぎた。座り方も、忘れようとしていた。
私は箒をつかんだ。父は手を離さなかった。「みんなが、困るから」。そう言って、私に頭を下げた。
父を働かせていたのは、役場だけではなかった。父が掃いた道で、休んでいる私たちだった。
翌朝、午前五時に、町中の明かりが消えた。いつもの出勤を知らせる鐘は、鳴らなかった。
玄関の外で、靴の底が鳴った。のぞき窓の向こうに、父が立っていた。箒は、持っていなかった。
隣の家にも、向かいの家にも、青い服の人がいた。みんな、閉じた玄関の前で、静かに待っていた。
父は、いつもの疲れた声で言った。「今日だけでいい。代わりに、町を動かしてくれないか」
誰も窓を開けなかった。いつもなら起きているパン屋にも、灯がつかなかった。
父の背後で、窓口の女性が母親の手を引いていた。彼女も、役場へは向かっていなかった。
町内放送から、紙をめくる音がした。長い沈黙のあと、初めて聞く知らせが流れた。
「本日、亡くなられた町民の皆様は、全員、休暇を取ります」
私は玄関の鍵に手をかけた。町を動かす音が、一つも聞こえなかった。
この町で暮らして三十年。私は初めて、朝が来るのを、怖いと思った。
