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ORIGINAL HUMAN HORROR

緊急連絡先の人を、私は知らない。

「知らない」と言うたび、私の説明だけが書き換えられる。

緊急連絡先の人を、私は知らない。の表紙

落とした財布を取りに来た美月は、受付から「ご家族が向かっています」と告げられる。しかし登録された緊急連絡先は、会ったこともない男だった。親切な対応の中で、自分の言葉の意味が少しずつ変えられていく、オリジナルの人間ホラー。

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朗読:VOICEVOX:冥鳴ひまり / 約12分

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動画公開:10/14 18:00(日本時間)

家族による過干渉、本人の意思が軽視される描写があります。登場人物・団体・出来事は架空です。

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忘れ物の受付

財布を取りに来ただけだった。土曜日の午後、市民センターの総合受付で名前を告げると、受付の女性は、ほっとしたように笑った。「ご家族にもご連絡してあります。もう、こちらへ向かっているそうですよ」。私には、そんな連絡をしてくれる家族はいなかった。

正確には、母はいる。ただ、三年前に実家を出てからは、月に一度ほど短いメッセージを交わすだけになっていた。今の住所も教えていない。母が嫌いだと説明すると長くなる。私が決めたことを、母が心配という名前で決め直す。それが、家を出た理由だった。

前の晩、このセンターで開かれた料理教室に参加した。誕生日に母が送ってきた受講券だった。断る理由を考えるのにも疲れて、食べ物くらいなら受け取ろうと思った。帰りに財布を落としたらしく、今朝、忘れ物が届いているというメールが来たのだ。

受付の女性は、机の上に一枚の用紙を置いた。「念のため、緊急連絡先のお名前を確認させてください。西岡英夫さんでお間違いないですか」。その名前を二度読んだ。親戚にも、会社にも、昔の同級生にも、そんな名前の人はいなかった。

「知らない人です」。そう言うと、女性の指が、用紙の端で止まった。驚いた顔ではなかった。何かを思い出した顔だった。「そうですか。では、ご本人が来られてから、ゆっくりお話ししましょう」。私の答えは、間違いを訂正するためには使われなかった。

緊急連絡先

用紙には私の氏名と携帯番号、その下に、西岡という人の携帯番号が印字されていた。続柄の欄は「家族支援者」。私は当日の記入用紙では、緊急連絡先を空欄にしたはずだ。女性は申し訳なさそうに、申し込み時の情報が引き継がれているのだと説明した。

「申し込んだのは母です。でも、この人は知りません。財布は、こちらですよね」。奥の棚に、透明な袋へ入れられた青い財布が見えた。母に選んでもらった物を持ちたくなくて、家を出た日に買った財布だった。あと二歩で手が届く距離にあった。

「もちろんお返しします。ただ、先ほどのご連絡で、少しご配慮が必要だと伺っていまして」。何への配慮ですか、と聞いた。女性は答えず、椅子を勧めた。声を荒らげたら、配慮の必要な人になる。そう考えてしまった時点で、私はもう、相手の言葉の中にいた。

私の携帯が震えた。知らない番号だった。用紙の番号と、最後の四桁が同じだった。出なかった。続けて、短いメッセージが届いた。「受付で待っていてください。急に知らない名前を聞いて、びっくりしましたよね」。知らないことを、驚いていることに置き換えられていた。

受付の女性が、湯飲みを置いた。温かいお茶だった。その親切を受け取ると、待つことまで了承した気がして、私は手をつけなかった。「携帯の連絡も、今は無理に返さなくて大丈夫ですよ」。さっき届いた文面を、見せていないのに言われた。

私は会社の同僚の真帆に電話をした。休日に悪いけど、来てほしい、と伝えた。状況を説明する途中、受付の女性がそっとこちらを見た。「今、ご家族を呼び直されていますか」。電話口の真帆が、すぐに言った。「その人に代わらなくていい。私はあなたに会いに行く」。

支援者の名刺

西岡は、紺色の薄い上着を着た、五十歳くらいの男だった。大きな荷物も、怖い表情もなかった。透明な書類挟みを脇に抱え、入口で一度だけ周囲を見回した。私と目が合う前に、受付の女性へ頭を下げた。「お手数をおかけしました。お電話した西岡です」。

その声を聞いた瞬間、女性の肩が下がった。ようやく事情の分かる人が来た、という動きだった。男は私の斜め向かいに座った。「美月さん。お財布、見つかってよかったですね」。初めて会う人に、初めて会う人の挨拶をしてもらえなかった。

「どちら様ですか」。男は小さくうなずいた。「まず、そう聞けるのは大事です。知らない相手に警戒することは、悪いことじゃありません」。質問への返事が、私の態度への評価になった。子供の頃、母に口答えした時と、同じ形の返事だった。

私はもう一度、あなたは誰ですか、と聞いた。男は名刺を出した。小さな文字で、家族の連絡を手伝う相談サービスの名前が書かれていた。「お母様から、ご相談を受けています。連絡の行き違いがあった時に、間に入る役目です」。名刺には、私が頼んだ仕事は一つもなかった。

「母と、連絡は取れています」。男は、もちろんです、と答えた。「ただ、ご本人が困っている時ほど、困っていないとおっしゃる場合もありますから」。受付の女性が、用紙に何かを書いた。ここでは、困っていないと言うことまで、困っている証拠になるらしかった。

男の書類挟みから、薄い黄色の紙がのぞいていた。右上に、丸い字で「みづき」とあった。母は、私の名前を子供の頃から、わざとひらがなで書く。目に入ったのは、その下の一行だった。「人前では、しっかりしているように話せます」。

黄色い説明書

私はその紙を見せてほしいと言った。男は少し考えてから、見える向きに置いた。料理教室の日程、私の勤務先、嫌いな食べ物。情報は古いものと新しいものが混ざっていた。古いということは、ずっと前から私を見ていた、という意味ではない。母が知っている範囲だった。

「過去に、連絡を絶つことがあります」。それは、家を出た後、毎晩かかってくる電話に出なかった二週間のことだと思った。「身内を、他人のように扱う発言があります」。それは多分、母の知人に、私の居場所を探さないでほしいと頼んだ時のことだった。

紙の一番下に、「否定を強めた場合は、その場で事実確認を急がない」と書かれていた。私はそれを指さした。「私が何を言っても、こういう状態なんだと思うための紙ですか」。男は眉を下げた。「お母様の不安を、そのままお伝えしているわけではありません」。

その時、真帆が来た。私にだけ手を振り、隣に座った。西岡が自己紹介しようとすると、真帆はうなずいてから私を見た。「帰りたい?」。うん、と答えた。「財布は返してもらえた?」。まだ、と答えた。それだけで、今ここで何が起きているかが、私にも見えた。

真帆は受付へ、責任者を呼んでほしいと頼んだ。男を罵りもしなかったし、私がしっかりしていると証明しようともしなかった。「本人が、知らない人だと言っています。落とし物の受け取りに、この人の了承は必要ですか」。その質問には、母の黄色い紙も答えられなかった。

奥から出てきた職員は、申し込みの記録と、私が当日書いた紙を見比べた。母の代理申し込みの情報と、私の記入内容が別々に残っていた。連絡先を確認しないまま使ったのだと言って、頭を下げた。私は生年月日と財布の中身を答え、ようやく、自分の財布を受け取った。

帰り道の電話

男は引き留めなかった。私が立つと、同じように立ち、穏やかに言った。「今日は、ご挨拶ができただけでもよかったです。お母様には、無事だったとお伝えしておきます」。私が頼んでもいない報告が、この人の中では、もう仕事として成立していた。

帰る前に、緊急連絡先の削除を頼んだ。責任者は、その場で登録画面を開き、変更内容を紙で渡してくれた。真帆が、よかったね、と小さく言った。私も、少しだけ呼吸が深くなった。訂正できる場所もある。そのことは、忘れたくなかった。

外へ出ると、母から電話が来た。今度は出た。「知らない人に、私のことを頼まないで」。母は怒らなかった。「お財布が見つかったのに、そんな言い方しなくてもいいでしょう」。財布が見つかったことと、あの男が来たことは、全く別の話だった。

「あなたが私を嫌がるから、お母さん以外の人にしたのよ」。母は、疲れたように言った。「私が行けば、また逃げるでしょう。西岡さんは落ち着いていて、ちゃんと話を聞いてくれる人なの」。母の言う、ちゃんと聞く話の中に、私の話は入っていなかった。

私は、西岡さんが、なぜ私の来る場所を知っていたのか尋ねた。母は少し黙ったあと、申し込んだ時に連絡先を西岡へ任せた、と答えた。偶然会いに来たのではなかった。私が贈り物を受け取ることと、知らない人に見守られることが、私の知らないところで一組になっていた。

「会う約束はしていない」。そう言うと、母は、そこは分かってる、と答えた。「だから、最初は何かあった時だけにしたの。わざわざ会いに行くより、自然でしょう」。落とした財布が、母にとっては、用意しておいた扉を開ける理由になったのだ。

訂正された記録

その晩、センターへ、記録の内容も確認したいとメールを送った。数日後、担当の職員から説明が来た。私が受付で否定した時、対応メモには「家族の氏名を思い出せない様子」と書かれていたという。職員はその記載を訂正し、経緯も残したと伝えてくれた。

「知らない」という私の言葉は、私の知らない人についての説明ではなく、私自身の状態についての説明にされていた。あのまま一人で帰ろうとしていたら、それもきっと、別の名前で書かれていただろう。私が怖かったのは、男の顔より、その言い換えの速さだった。

母には、代理の申し込みも、私について他人に話すこともやめてほしいと文章で送った。すぐに返事は来なかった。翌朝、「知らない人にまで頼らせて、ごめんね」と届いた。謝っているようで、私が母をそこまで追い込んだ、という話になっていた。

私はそのメッセージを真帆に見せた。真帆は、返事を急がなくていいよ、とだけ言った。私が返事をしない理由を、勝手に説明しない人が隣にいる。それだけのことが、こんなにありがたいのだと、初めて知った。

一週間後、母から、もう一通だけ来た。「でも、西岡さんはもう知らない人じゃないでしょう。きちんと会って、お話ししたんだから」。あの人を知らないと言った記録は直せた。母の中では、知らない人を連れてきたことが、次にその人を連れてくる理由へ、もう直されていた。