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ORIGINAL HUMAN HORROR

母は、私の留守に謝りに行く。

まだ何もしていないのに、みんなが私を許していた。

母は、私の留守に謝りに行く。の表紙

母は娘を気遣い、職場にも婚約者にも友人にも、頭を下げて回っていた。けれど、その謝罪には、娘がした覚えのない失敗が含まれている。善意のように届く言葉が、少しずつ一人の信用を削っていく家族の人間ホラー。

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朗読:VOICEVOX:冥鳴ひまり / 約12分

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動画公開:10/20 18:00(日本時間)

家族による過干渉、虚偽の説明によって信用が損なわれる描写があります。登場人物・団体・出来事は架空です。

全文を読む(結末を含みます)

外された担当

母は、人に謝るのが上手だった。背中を少し丸めて、相手の話を最後まで聞く。言い訳をせず、目を見て、すみませんでした、と言う。子供の頃、私はそれを優しさだと思っていた。母が謝りに行ったあと、私の話を聞いてくれる人が減ることに、気づくまでは。

三十になった年、勤め先で、小さな広告の仕事を任されることになった。私は地方の制作会社で働いていた。大きな案件ではなかったが、初めて最初から最後まで担当できる仕事だった。ところが、打ち合わせの前日、上司が担当を戻すと言い出した。

「今は無理しなくていい。お母さんからも聞いたし」。何を聞いたのか尋ねると、上司は少し困った顔をした。「詳しく言わなくていいよ。家庭の事情もあるだろう」。私の家庭には、その時、説明しなければならない事情は何もなかった。

母は、その会社の社長と、地域の行事で顔見知りだった。就職は自分で応募したが、母は時々、近くへ来たからと菓子を届けた。社員五人の小さな会社では、それは珍しいことではなかった。私は母に、仕事の邪魔になるから控えて、と何度か言っていた。

帰宅して電話をすると、母は明るかった。「ああ、その話。恵がご迷惑をかけたら、申し訳ありませんって言ってきただけ」。迷惑はかけていない、と言うと、母は笑った。「だから、かける前によ。起きてから謝るのじゃ、遅いこともあるでしょう」。

先に届いた話

次の週、婚約者の大輔に、結婚後の家賃の話をした。思っていたより高いから、別の部屋も見たいと言っただけだった。大輔はしばらく黙ってから、怒ってないよ、と答えた。私は、誰が怒ったのか分からず、話の最初へ戻った。

「お母さんから、恵は不安になると、急に決めたことを変えるって聞いた」。母は大輔にも会っていた。私が残業した日の夕方、駅前でお茶をしたそうだ。「一緒に暮らして、振り回されたらごめんなさいって。心配してるんだよ」。私の家賃の話は、心配される性格の実例になった。

大輔が悪気で言っていないのは分かった。それが、一番話しづらかった。母はおかしい、と強く言えば、急に感情的になる娘という説明に近づく。落ち着いて説明すれば、今日は大丈夫なんだ、と受け取られる。どんな声で話せば、今日の話を今日の話として聞いてもらえるのか、分からなくなった。

高校の友人の美緒からも、似たことを言われた。久しぶりに食事をする約束をした時、「もし来られなくなっても、気にしないでね」と。母が商店街で会った際、私が人との約束を急に断ってしまうことを、謝ったらしかった。美緒との約束を断ったのは、何年も前に風邪をひいた一度だけだった。

母に確かめると、「そういう時も、あるかもしれないでしょう」と言った。かもしれない。その言葉が母の口から出る頃には、話を聞いた人の中では、もう一度か二度、何かが起きたことになっていた。私は、していないことについて、繰り返さない人になる努力を求められていた。

それから私は、約束の時間より二十分早く着くようになった。仕事の途中経過を、必要以上に細かく送った。大輔との話では、一度言った希望を変えないように気をつけた。変えた方がいいと思っても、まず、わがままに見えない言い方を考えた。母の謝罪が、私の毎日の予定を決め始めた。

いつのことですか

異変をはっきりさせたのは、美緒だった。食事の席で、予約した店の休業日を私が一日間違えていた話をした。笑い話のつもりだった。美緒は、笑わずにうなずいた。「そういうの、お母さんが代わりに何とかしてくれてたんだね」。私は、箸を置いた。

何を聞いたの、と尋ねると、美緒は、責めているわけじゃないよ、と言った。「恵が約束を忘れて、人が待ちぼうけになることもあったからって。私にも、嫌な思いをさせていたら、ごめんなさいって」。そんなことはない、と言うと、美緒は初めて、じゃあ誰のことだったんだろう、と首をかしげた。

私は、具体的な相手や日付を聞いていたか尋ねた。美緒は覚えていなかった。母は、あの子、昔からちょっと、とだけ言ったらしい。その先は、美緒が自分で埋めていた。でも美緒は、思い込んでいたかもしれない、と言ってくれた。それで私は、他の人にも、同じ質問をしてみようと思った。

上司に時間をもらい、母が何について謝ったのか教えてほしいと頼んだ。上司は、嫌な話を掘り返すみたいだな、と言った。「納期のことで、またご迷惑をおかけするかもしれませんが、と」。また、とはいつのことですか、と尋ねると、上司は、はっきりしない顔をした。

二年前、母が入院した時、一度だけ担当の交代をお願いしたことがある。納期には、チームで間に合わせた。母が話したのは、多分、その時のことだった。上司もそれを思い出し、遅らせたことはなかったね、と言った。母は、あったことを少し動かし、なかった続きに謝っていた。

大輔には、何をしたら振り回したことになるのか、具体的に教えてほしいと聞いた。答えはなかなか出なかった。私は、部屋の値段を相談したことと、母が先に謝ったことを、分けて考えてほしいと言った。大輔は、二つを一緒に聞いていた、と認めた。それだけの話に、ずいぶん時間がかかった。

母の手帳

日曜日、母の家へ行った。台所には、焼き菓子の箱が二つ積んであった。母が人に会う時によく持っていく店のものだった。「どこへ持っていくの」と聞くと、母は、いつもお世話になっているから、と答えた。誰に、と聞き直して、ようやく、会社と大輔の家だと分かった。

大輔の両親とは、来月、初めて両家で食事をする予定だった。母はその前に、一度話しておきたいと言った。「恵は頑固なところがあるから。向こうのお母さんが、戸惑わないように」。私は箱に手を置いて、会わないで、と言った。母は急に、他人の家で叱られた子供のような顔になった。

「お母さんが頭を下げるのが、そんなに恥ずかしい?」。恥ずかしいからではない、と答えた。「私がしていないことを、する人みたいに話さないで」。母は、していないなら気にしなくていいでしょう、と言った。気にしなければ済む話が、どうして、母には先に謝るほど大切なのだろう。

母の手帳が、冷蔵庫の横に開いてあった。昔は買い物や病院の予定だけだったページに、人の名前が増えていた。私の会社の社長、美緒、大輔。名前の横には、渡す菓子の種類まで書いてあった。母が私のことで謝りに行くと、母に会って話を聞く人が増えるのだと、その時、気づいた。

母は、父が亡くなってから人と会う機会が減っていた。私も、それは気にしていた。でも、寂しかったら、人に会いに行けばいい。私の失敗を持っていかなくてもいい。そう言うと、母はしばらく黙ったあと、用もないのに会いに行けば迷惑でしょう、と答えた。

「あなたのことなら、皆さんちゃんと聞いてくれるの」。母は、私に理解してもらえたと思ったようだった。「お母さんが間に入っておけば、恵が少し間違えた時も、許してもらえるし」。その言葉には、私が間違えないかもしれない、という場所がなかった。

自分で謝る

私は、今後、私の代わりに謝らないでほしいと頼んだ。会社への差し入れも、大輔の両親への訪問も、やめてほしい。母は何度も、分かった、と言った。ただ、そのたびに、心配することまでやめろと言うのね、という短い言葉が後ろについた。

「心配してもいい。私に言って」。母は、私が母の話を素直に聞かないからだ、と答えた。「あなたに言ったって、大丈夫、放っておいて、でしょう」。その返事が本当なら、なおさら他人へ回ってほしくなかった。私は大丈夫だと答える権利まで、素直でないことにされていた。

母は最後に、手帳を閉じた。「じゃあ、もう何があっても、お母さんは知らないからね」。私は、うん、と言った。母が期待しているのは、その言葉ではないと分かった。冷たい娘だと思うなら、それでもよかった。失敗する前から悪い娘でいるより、ずっと、自分で選んだ言葉だった。

帰りの電車で、大輔に、母が先に会おうとしていたことを伝えた。大輔は自分の両親へ、私たちのことで何か聞いたら、二人に確認してほしいと言ってくれた。会社では上司が、仕事の判断は本人と話して決める、と言った。すぐに全部が戻ったわけではないが、説明の届く人はいた。

美緒とは、予定を細かく報告するのをやめた。十分早く着いた日はあっても、二十分前を義務にしなかった。遅れそうなら自分で連絡し、間違えたら自分で謝った。それを誰かの助けなしでやれる人間だと、毎回証明する必要はない。そう思える日が、少しずつ増えた。

最後の謝罪

それから一か月ほどして、母の古い友人から、短い連絡が来た。「お母さんをあまり責めないであげてね。あの人も、反省しているみたいだから」。私は何があったのか尋ねた。母が、娘と言い争って、また周りの人を嫌な気持ちにさせたかもしれないと、謝りに来たのだという。

その人は母から、私が具体的に何を言ったかは聞いていなかった。でも、母があれほど落ち込んで謝るのだから、よほど強く責めたのだろう、と思ったそうだ。私は、訪問や代理の謝罪をやめてほしいと頼んだだけです、と返した。説明を送る指が、少し震えた。

母からも、同じ日に連絡があった。「これからは気をつけます。皆さんにも、恵に悪気はないと伝えておきました」。私は謝っていなかった。誰かに許してほしいとも頼んでいなかった。それなのに母は、最後の謝罪の中へ、私が許されるべき何かを、また入れていた。

私は、その文章に、ありがとうとは返さなかった。私の代わりに説明しないでください、と、短く送った。それで母がやめるかどうかは、分からない。ただ、母のしたことを、自分のための親切として受け取った記録を、もう増やしたくなかった。

母が謝りに行くと、誰かが私を許す。許した人は、自分は寛大だったと思う。だから、そのあと私が何もしていないと話すと、せっかく許したのに、と少し困った顔になる。私は今も、母が訪ねた先で、まだしていないことの謝罪を、終わらせて歩いている。