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ORIGINAL HUMAN HORROR

貸した覚えのない百円が、毎週返ってくる。

たった百円が、会ったこともない人との関係を作る。

貸した覚えのない百円が、毎週返ってくる。の表紙

毎週木曜日、郵便受けへ届く百円玉とお礼の手紙。誰にもお金を貸した覚えはないのに、近所では差出人と親しいことになっていた。小さな親切として断りづらい「返済」が、知らない関係を形にしていく人間ホラー。

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朗読:VOICEVOX:冥鳴ひまり / 約12分

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動画公開:10/18 18:00(日本時間)

望まない接触、近隣で事実と異なる関係が語られる描写があります。登場人物・団体・出来事は架空です。

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一枚目の百円

最初の百円は、白い封筒に入っていた。木曜日の夜、アパートの郵便受けを開けると、広告の間から、薄い封筒が滑り落ちた。切手も、差出人の名前もなかった。中には百円玉が一枚と、「この前はありがとうございました」と書いた、小さな便箋が入っていた。

誰かに百円を貸した覚えはなかった。財布を忘れた同僚に昼食代を立て替えたことならあるが、それはもっと前で、金額も違う。自動販売機の前で困っていた人を助けた、というような出来事もない。隣の部屋の人への間違いだと思った。

封筒の表を、もう一度見た。私の名字が書いてあった。入居した時、自分で郵便受けに貼った名字と同じだった。同じ名字の人は、この建物にはいない。管理会社に聞こうかと思ったが、たった百円のことで電話をするのも大げさな気がして、机の引き出しへしまった。

翌週の木曜日、また封筒があった。今度は「少しずつですが、お返しします」。同じ字だった。百円玉も、同じように一枚だった。私は、先週の封筒を出して並べた。貸した相手も、貸した日も、貸した金額も分からないのに、返済だけが二回、済んだことになっていた。

私は、会社で経費の確認をする仕事をしている。数字が合わないのは苦手だ。でも、分からない百円が二枚あることより、知らない人が毎週ここへ来ていることの方が、少し嫌だった。封筒を受け取った時間だけ、手帳に書いた。それで何かを確認した気になって、また引き出しを閉じた。

知らない世話

三週目の便箋には、「いつも助けていただき、すみません」とあった。いつも、と書かれるほど、私は誰も助けていない。四週目に、ようやく名字が付いた。橋本。それでも思い当たらなかった。私は、その四つの封筒を持って、アパートの管理人の部屋へ行った。

管理人の長谷部さんは、名字を見てすぐに顔を上げた。「角の古い家の、橋本さんじゃないですかね」。このアパートの住人ではなかった。近所の掃除の日に時々来る人で、長谷部さんとは顔見知りだという。「いつも、あなたにお世話になってるって言ってましたよ」。

私は、お世話したことはありません、と答えた。長谷部さんは便箋を読み、じゃあ別の人なのかな、と言った。橋本という人が来ても、部屋へ案内しないでほしいと頼むと、分かりました、と答えてくれた。住所や連絡先を教えたことはないとも言った。私は少し安心した。

その帰り、近くのパン屋で昼食を買った。店の人が、橋本さんの分も要りますか、と聞いた。思わず、何のことですか、と聞き返した。「前に、ここのパンが好きだって、あなたが教えてくれたって」。私はその人と話したこともない、と言った。店の人は、意外そうな顔をした。

橋本は、私のことを友達だとは言っていなかったそうだ。「ちょっとお金を借りて、毎週、少しずつお返ししているんです」。そう話したらしい。店の人は、それだけで、たまに会って、食べ物の好みを話すくらいの関係だと受け取った。私も、他人の話なら、そう受け取ったかもしれない。

五週目の封筒にも、百円が入っていた。「この間のお話、参考になりました」。私は便箋を裏返した。裏には何もなかった。参考になる話どころか、声を聞いたことさえない。引き出しの中では、私の知らない私の生活が、週に一度の速さで、増えていた。

初対面の返済

橋本に会ったのは、六週目の木曜日だった。長谷部さんから、今来られていますが、お話しになりますか、と連絡をもらった。無理に会わなくていいと言われたが、何が間違っているのか、一度は確かめたかった。私は仕事帰りの鞄を持ったまま、管理人の部屋へ向かった。

橋本は、六十歳くらいの男だった。グレーの薄い上着を着て、両手を膝に置いていた。私を見ると、少し腰を浮かせた。「いつも、すみません」。初めて聞いた声なのに、手紙の続きを言われているようだった。男の前には、六つ目の白い封筒があった。

「どなたかと、お間違いではないですか」。私が言うと、橋本は首を振った。「いいえ。毎朝、同じ時間に出られますよね。入口で、ご挨拶したこともあります」。知らない誰かと会釈した記憶なら、いくつもあった。私が尋ねたのは、顔を見たことがあるか、ではなかった。

私は、いつ、いくら貸したのか聞いた。橋本は答えず、ありがたかったんです、と言った。「金額の問題じゃないんです。あの時、気にかけていただいたのが」。どの時ですか、と聞いても、そんなに大したことと思っていらっしゃらないんですね、と、柔らかく笑った。

長谷部さんが、具体的な日を覚えていますか、と聞いた。橋本は、春頃だったと思います、と答えた。私はその頃、まだ別の町に住んでいた。そう言うと、橋本は、ではもっと後ですね、と言った。記憶を確かめる会話ではなかった。私が否定できない形へ、話をずらしているだけだった。

「お金は借りていないと、お認めになりませんか」。長谷部さんの問いに、橋本は少し黙った。それから、「借りたことにして、お返ししていた方が、失礼にならないでしょう」と言った。会話が止まった。橋本だけが、説明を終えたような顔で、膝の上の指を組み直した。

返した六百円

橋本は、悪いことをしているつもりはないと言った。手ぶらで訪ねたら迷惑だろうし、お礼なら理由がある。少しずつ返すなら、また来週来ることも、不自然ではない。「いつも受け取ってくださっていたので」。私は、郵便受けに入っていた物を出しただけです、と答えた。

橋本は、寂しいんです、とも言った。けれど、その言葉のあとも、私に会いたいとは言わなかった。私は話したくないと答えられるからだろう。代わりに、まだお返しするものがある、と言った。私の気持ちでは終わらせられない用事を、私との間に置いていた。

私は、それまでの五百円を封筒に入れ、長谷部さんの前で返した。机の上の六つ目も、そのまま戻した。「私はお金を貸していません。今後、手紙もお金も、入れないでください」。橋本は、百円玉を数えず、六つの封筒を重ねた。分かりました、と、小さく言った。

これで終わったと思いたかった。長谷部さんは、今日の話を管理会社にも伝えておくと言ってくれた。私は一人で話さなくてよかったと思った。橋本がどんな人か、全部を説明する必要はなかった。私が会いたくないと伝えたことを、一緒に聞いた人がいる。それだけで十分なはずだった。

翌週の木曜日、また白い封筒があった。中は百円玉一枚。便箋には、「先日は、まとめてありがとうございました。少しずつですが、お返しします」と書かれていた。私は長い間、そこにある六百円という、書かれていない数字を見ていた。

私がお金を返したことが、橋本の中では、私がお金を渡したことになっていた。受け取れば、借金を返してもらう関係。返せば、新しく貸した関係。どちらを選んでも、私が何かをした記録だけが残る。何も始めていない、という説明だけが、その仕組みの外にあった。

何も届かない木曜

私は封筒を開いたまま、長谷部さんに見せた。長谷部さんは、さすがに困った顔をして、これは前の話とは別ですね、と言った。私は首を振った。「前と同じ話だと思います」。長谷部さんは便箋を読み直してから、そうですね、と答えた。今度は、二人が同じ物を見ていた。

管理会社からも、本人への訪問や投函をやめるよう伝えてもらった。それ以降、封筒は来なくなった。私はしばらく、木曜日だけ帰宅する時間を気にしたが、郵便受けには広告と請求書しかなかった。何も書かれていない日が続くことに、少しずつ慣れていった。

パン屋にも、事実を話した。店の人は驚き、私の話や買った物を、橋本へ伝えないと言ってくれた。そこで初めて、橋本が以前、「いつものパンを頼まれている」と言っていたと聞いた。店の人は、それを断る理由がなかった。頼んだことは、一度もなかった。

私は、橋本が私について知っていたことを、一つずつ、小さくし直した。毎朝出る時間は、たまたま入口で会った時のこと。好きなパンは、店で誰かが教えたこと。親しい人だけが知っているように聞こえた話には、親しくなくても手に入る情報が混ざっていた。

でも、それを全部説明するのは難しかった。お金を貸していない人から百円が届いて、お金を返したら、また返済が始まった。話すと、途中で笑う人もいた。六百円でしょう、と言われたこともある。私が返してほしかったのは、六百円ではなかった。あの人と何の関係もなかった時間だった。

貸していない

秋になって、町内の掃除の日に出た。橋本はいなかった。落ち葉を集めていると、同じ班の女性が、もうお金は全部返してもらえたの、と聞いてきた。どこで聞いたのかは、分からなかった。私は、貸したことはありません、と答えた。

女性は一瞬考えてから、ああ、返してもらわなくていいってことね、と言った。違います、と言うと、気を悪くしたような顔になった。私が何を訂正しようとしているのか、伝わらなかった。貸したお金をもう気にしない人と、最初から貸していない人は、その人には、よく似て見えた。

家に戻ってから、引き出しを開けた。最後の百円と便箋だけが残っていた。相談した時のために取ってある物だった。たった百円でも、捨ててしまえば、何をされたか説明する時に困る気がした。それがまた、あの人から渡された物を大切に保管しているようで、嫌だった。

私は一番上の便箋の余白に、貸したお金ではない、と日付を添えて書いた。誰かに見せるためというより、自分が、返してもらった百円、と呼び始めないためだった。何度も同じ説明を聞いていると、便宜上、その言葉を使ってしまいそうになる。

最初の封筒を見つけた時、たった百円で騒ぐのも、と思った。その判断が間違いだったと、自分を責めるつもりはない。でも、橋本は百円で私の暮らしを買ったわけではなかった。百円を何度も返すことで、私と関係があるという話を、周りの人の中に、先に住まわせていた。